2008 Olympic Games in Beijing day 3

Swimming is the matter of comfort, not what to wear.


江戸時代の人々は度肝を抜かしていたかもしれない。
というより、現代の水着の複雑さに困惑しているかもしれない。
なにせ、当時の水着は、六尺褌だったのだから。


野蛮だとアメリカ人に見られたという日本古来の水着。
アメリカの帝国主義が繁栄した20世紀に、現代風の水着が取って代わる。
そして、技術革新とグローバリゼーションが進み、
今では英国スピード社のレーザー・レーサー(LZR)が世界基準である。


褌の方が着心地は良いだろう。一方でLZRの締め付けはグッと強い。
一人で着ることは困難な上、20分もかかるという。
Tバックにも類似する褌は野蛮かもしれないが、LZRも普通ではない。


しかし、LZR着用で気持ちよく泳ぎきった日本人が11日に北京で出現した。
男子競泳平泳ぎ100mで、日本代表・北島康介選手が世界新記録58秒91で優勝した。
優勝した2004年アテネ大会では1分0秒08だった。
4年間で1秒以上速くなった。


どこからこの成長は生まれたのだろうか。
北島選手は、平井伯昌コーチとの二人三脚で、厳しい練習を積んできた。
今回の決勝の泳ぎは、ストローク数が3回減っていたという。
効率の良い動きで、後半戦の驚異的な伸びができたのだろう。


世界基準のLZRの効果もあるかもしれない。
このハイテク水着の最大の特徴は、水に抵抗を削減することだ。
米国航空宇宙局NASAとの共同開発で生まれた極上に滑らかな表面と、
高い弾水力がこれを可能にしている。
前回大会のスピード社製Fastskin FS Pro比較すると、5%も削減しているという。


しかし、LZRはどれだけの違いを生んでいるのだろうか。
北京五輪の日本の競泳代表男女31人中25人がLZRを着用している。
これまでの戦いを振り返ると、日本選手たちは、日本新記録を樹立している。
それにも関らず、決勝トーナメントに進出する選手はほぼいない。
海外の超一流選手たちとの差が明らかとなっている模様だ。


LZRは速い泳ぎを引き出すだろうが、保証はしていない。
むしろ、精神的な余裕や安心感をもたらしているのだろう。
はたして、着心地の悪さはこれを妨げないのだろうか。
女子バタフライの星奈津美選手は、ミズノ社製で臨む。
「首や肩が窮屈でないので泳ぎやすい」という。


一方、水泳において、速過ぎということは競技を駄目にしないのだろうか。
独自の泳ぎ方や、技術などが軽視されて、速さ一辺倒になる危険があるのではないだろうか。
テニスでは、サーブが早くなりすぎたために、一部の間では試合の質が低下したと言われている。


また、独自性の低下は、各選手の違った泳ぎが見られないということになる。
日本には、江戸時代から伝わる、日本泳法がある。全国各地で流派があり、その数は十を超える。
水泳はその当時、水術であり、武術の一つであった。
つまり、武士階級の人々が、海でも戦を交えるようにするためのものだった。
島国という環境、歴史、伝統が日本にはあり、
お家芸」と言われるのにも腑が落ちる気がする。


これは日本水泳の歴史だ。
昔に戻れと言っているのではない。他人とは異なる独自の泳ぎが大切なのだ。
はたして、北島選手はこれを手にしているのであろうか。
「気持ちいい。最高」という北島選手のコメントから察するに、
少なくても彼は、決勝では力み過ぎてはいなかった。


体に無理を強いていないからリラックスできる。
日々の鍛錬が積み重なり、北島選手独自の泳ぎが形成されたのだと思う。
LZRという「お守り」もあった。


しかし、LZRは鬱陶しいほどに目立っている。
この水着の使命は、ただの金メダルではなく、世界記録更新での金メダルである。
アメリカ代表のマイケル・フェルプス選手が8冠へ向け、順調なスタートを切った。
LZR支援の世界新記録樹立ショーである。


でも、フェルプス選手の8冠は、競技の「独占」とも見れるのではないだろうか。
実力主義の世界では、誰よりも強い人が生き残る。
あまりスポーツでは、不平等は問題視されていない。実力と運の世界と認識されているからだ。
しかし、問題は、LZRという「富」の分配の仕方がどうなっているかではないだろうか。
完全なる平等は厳しいかもしれないが、
競技の全体的な底上げからすれば、これは無視できない。
また、持つ者と持たざる者との間で対立が起きるかもしれない。


江戸時代に人気絶頂を迎えた褌は、今も履かれている。
独特な見た目と、安さ($550のLZRと比べたら絶対に安い)、着心地の良さがあるからだろう。
これから褌姿の選手が登場することはないだろう。
気持ちよく泳げる選手も同じかもしれない。
着心地の良い服をみな求めるが、この基準は古今東西バラバラだ。


Ryo2412